寝入っていたのかどうか、それはお蓮にはわからなかった。

        三

 お蓮《れん》に男のあった事は、牧野《まきの》も気がついてはいたらしかった。が、彼はそう云う事には、頓着《とんちゃく》する気色《けしき》も見せなかった。また実際男の方でも、牧野が彼女にのぼせ出すと同時に、ぱったり遠のいてしまったから、彼が嫉妬《しっと》を感じなかったのも、自然と云えば自然だった。
 しかしお蓮の頭の中には、始終男の事があった。それは恋しいと云うよりも、もっと残酷《ざんこく》な感情だった。何故《なぜ》男が彼女の所へ、突然足踏みもしなくなったか、――その訳が彼女には呑みこめなかった。勿論お蓮は何度となく、変り易い世間の男心に、一切の原因を見出そうとした。が、男の来なくなった前後の事情を考えると、あながちそうばかりも、思われなかった。と云って何か男の方《ほう》に、やむを得ない事情が起ったとしても、それも知らさずに別れるには、彼等二人の間柄は、余りに深い馴染《なじ》みだった。では男の身の上に、不慮の大変でも襲《おそ》って来たのか、――お蓮はこう想像するのが、恐しくもあれば望ましくもあった。………
 
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