ながら、嬉しそうにそこらを歩き廻った。それは以前飼っていた時、彼女の寝台《ねだい》から石畳の上へ、飛び出したのと同じ歩きぶりだった。
「おや、――」
 座敷の暗いのを思い出したお蓮は、不思議そうにあたりを見廻した。するといつか天井からは、火をともした瑠璃燈《るりとう》が一つ、彼女の真上に吊下《つりさが》っていた。
「まあ、綺麗だ事。まるで昔に返ったようだねえ。」
 彼女はしばらくはうっとりと、燦《きら》びやかな燈火《ともしび》を眺めていた。が、やがてその光に、彼女自身の姿を見ると、悲しそうに二三度|頭《かしら》を振った。
「私は昔の※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]蓮《けいれん》じゃない。今はお蓮と云う日本人《にほんじん》だもの。金《きん》さんも会いに来ない筈だ。けれども金さんさえ来てくれれば、――」
 ふと頭《かしら》を擡《もた》げたお蓮は、もう一度驚きの声を洩《も》らした。見ると小犬のいた所には、横になった支那人が一人、四角な枕へ肘《ひじ》をのせながら、悠々と鴉片《あへん》を燻《くゆ》らせている! 迫った額、長い睫毛《まつげ》、それから左の目尻《めじり》の黒子《ほ
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