昼間のように坐っていた。
「御止《およ》し。御止しよ。」
声は彼女の問に答えず、何度も同じ事を繰返すのだった。
「何故《なぜ》またお前さんまでが止めるのさ? 殺したって好いじゃないか?」
「お止し。生きているもの。生きているよ。」
「生きている? 誰が?」
そこに長い沈黙があった。時計はその沈黙の中にも、休みない振子《ふりこ》を鳴らしていた。
「誰が生きているのさ?」
しばらく無言《むごん》が続いた後《のち》、お蓮がこう問い直すと、声はやっと彼女の耳に、懐しい名前を囁《ささや》いてくれた。
「金《きん》――金さん。金さん。」
「ほんとうかい? ほんとうなら嬉しいけれど、――」
お蓮は頬杖《ほおづえ》をついたまま、物思わしそうな眼つきになった。
「だって金《きん》さんが生きているんなら、私に会いに来そうなもんじゃないか?」
「来るよ。来るとさ。」
「来るって? いつ?」
「明日《あした》。弥勒寺《みろくじ》へ会いに来るとさ。弥勒寺へ。明日《あした》の晩。」
「弥勒寺って、弥勒寺橋だろうねえ。」
「弥勒寺橋へね。夜来る。来るとさ。」
それぎり声は聞こえなくなった。が、長襦袢《なが
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