り合うとか? 牝を取り合うと、大喧嘩をするんだそうだ。その代りだね、その代り正々堂々とやる。君のように暗打ちなんぞは食わせない。いや、こりゃ失礼。禁句禁句《きんくきんく》金看板《きんかんばん》の甚九郎《じんくろう》だっけ。――お蓮さん。一つ、献じましょう。」
田宮は色を変えた牧野に、ちらりと顔を睨《にら》まれると、てれ隠しにお蓮へ盃《さかずき》をさした。しかしお蓮は無気味《ぶきみ》なほど、じっと彼を見つめたぎり、手も出そうとはしなかった。
十五
お蓮《れん》が床《とこ》を抜け出したのは、その夜の三時過ぎだった。彼女は二階の寝間《ねま》を後《うしろ》に、そっと暗い梯子《はしご》を下りると、手さぐりに鏡台の前へ行った。そうしてその抽斗《ひきだし》から、剃刀《かみそり》の箱を取り出した。
「牧野《まきの》め。牧野の畜生め。」
お蓮はそう呟《つぶや》きながら、静に箱の中の物を抜いた。その拍子に剃刀の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》が、磨《と》ぎ澄ました鋼《はがね》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]が、かすかに彼女の鼻を打った。
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