所です。そう云えば顔も似ていますな。だからです。だから一つ牧野さんだと思って、――可愛い牧野さんだと思って御上《おあが》んなさい。」
「何を云っているんだ。」
 牧野はやむを得ず苦笑《くしょう》した。
「牡が一匹いる所に、――ねえ、牧野さん、君によく似ているだろう。」
 田宮は薄痘痕《うすいも》のある顔に、一ぱいの笑いを浮べたなり、委細《いさい》かまわずしゃべり続けた。
「今日僕の友だちに、――この缶詰屋に聞いたんだが、膃肭獣《おっとせい》と云うやつは、牡同志が牝を取り合うと、――そうそう膃肭獣の話よりゃ、今夜は一つお蓮さんに、昔のなりを見せて貰《もら》うんだった。どうです? お蓮さん。今こそお蓮さんなんぞと云っているが、お蓮さんとは世を忍ぶ仮の名さ。ここは一番|音羽屋《おとわや》で行きたいね。お蓮さんとは――」
「おい、おい、牝を取り合うとどうするんだ? その方をまず伺いたいね。」
 迷惑らしい顔をした牧野は、やっともう一度|膃肭獣《おっとせい》の話へ、危険な話題を一転させた。が、その結果は必ずしも、彼が希望していたような、都合《つごう》の好《い》いものではなさそうだった。
「牝を取
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