われていた婆さんは、私《わたし》の友人のKと云う医者に、こう当時の容子《ようす》を話した。
「大方《おおかた》食中《しょくあた》りか何かだったんでしょう。始めは毎日長火鉢の前に、ぼんやり寝ているばかりでしたが、その内に時々どうかすると、畳をよごすようになったんです。御新造《ごしんぞ》は何しろ子供のように、可愛がっていらしった犬ですから、わざわざ牛乳を取ってやったり、宝丹《ほうたん》を口へ啣《ふく》ませてやったり、随分大事になさいました。それに不思議はないんです。ないんですが、嫌《いや》じゃありませんか? 犬の病気が悪くなると、御新造が犬と話をなさるのも、だんだん珍しくなくなったんです。
「そりゃ話をなさると云っても、つまりは御新造が犬を相手に、長々と独り語《ごと》をおっしゃるんですが、夜更《よふ》けにでもその声が聞えて御覧なさい。何だか犬も人間のように、口を利《き》いていそうな気がして、あんまり好《よ》い気はしないもんですよ。それでなくっても一度なぞは、あるからっ[#「からっ」に傍点]風《かぜ》のひどかった日に、御使いに行って帰って来ると、――その御使いも近所の占《うらな》い者《しゃ》
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