ついても、いろいろ世話をしてくれた人物だった。
「妙なもんじゃないか? こうやって丸髷《まるまげ》に結《ゆ》っていると、どうしても昔のお蓮さんとは見えない。」
田宮は明《あかる》いランプの光に、薄痘痕《うすいも》のある顔を火照《ほて》らせながら、向い合った牧野へ盃《さかずき》をさした。
「ねえ、牧野さん。これが島田《しまだ》に結《ゆ》っていたとか、赤熊《しゃぐま》に結っていたとか云うんなら、こうも違っちゃ見えまいがね、何しろ以前が以前だから、――」
「おい、おい、ここの婆さんは眼は少し悪いようだが、耳は遠くもないんだからね。」
牧野はそう注意はしても、嬉しそうににやにや笑っていた。
「大丈夫。聞えた所がわかるもんか。――ねえ、お蓮さん。あの時分の事を考えると、まるで夢のようじゃありませんか。」
お蓮は眼を外《そ》らせたまま、膝《ひざ》の上の小犬にからかっていた。
「私も牧野さんに頼まれたから、一度は引き受けて見たようなものの、万一ばれた日にゃ大事《おおごと》だと、無事に神戸《こうべ》へ上がるまでにゃ、随分これでも気を揉《も》みましたぜ。」
「へん、そう云う危い橋なら、渡りつけてい
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