がましくもあれば、同時にまた何故《なぜ》か寂しくもあった。
高座には明るい吊《つり》ランプの下に、白い鉢巻をした男が、長い抜き身を振りまわしていた。そうして楽屋《がくや》からは朗々と、「踏み破る千山万岳の煙」とか云う、詩をうたう声が起っていた。お蓮にはその剣舞は勿論、詩吟も退屈なばかりだった。が、牧野は巻煙草へ火をつけながら、面白そうにそれを眺めていた。
剣舞の次は幻燈《げんとう》だった。高座《こうざ》に下《おろ》した幕の上には、日清戦争《にっしんせんそう》の光景が、いろいろ映ったり消えたりした。大きな水柱《みずばしら》を揚げながら、「定遠《ていえん》」の沈没する所もあった。敵の赤児を抱《だ》いた樋口大尉《ひぐちたいい》が、突撃を指揮する所もあった。大勢の客はその画《え》の中に、たまたま日章旗が現れなぞすると、必ず盛な喝采《かっさい》を送った。中には「帝国万歳」と、頓狂な声を出すものもあった。しかし実戦に臨んで来た牧野は、そう云う連中とは没交渉に、ただにやにやと笑っていた。
「戦争もあの通りだと、楽《らく》なもんだが、――」
彼は牛荘《ニューチャン》の激戦の画を見ながら、半ば近所
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