びわ》に飾られた犬が、畳の上にいるようになった。
 綺麗《きれい》好きな婆さんは、勿論《もちろん》この変化を悦ばなかった。殊に庭へ下りた犬が、泥足のまま上《あが》って来なぞすると、一日腹を立てている事もあった。が、ほかに仕事のないお蓮は、子供のように犬を可愛がった。食事の時にも膳《ぜん》の側には、必ず犬が控えていた。夜はまた彼女の夜着の裾に、まろまろ寝ている犬を見るのが、文字通り毎夜の事だった。
「その時分から私は、嫌だ嫌だと思っていましたよ。何しろ薄暗いランプの光に、あの白犬が御新造《ごしんぞ》の寝顔をしげしげ見ていた事もあったんですから、――」
 婆さんがかれこれ一年の後《のち》、私の友人のKと云う医者に、こんな事も話して聞かせたそうである。

        六

 この小犬に悩まされたものは、雇婆《やといばあ》さん一人ではなかった。牧野《まきの》も犬が畳の上に、寝そべっているのを見た時には、不快そうに太い眉《まゆ》をひそめた。
「何だい、こいつは?――畜生《ちくしょう》。あっちへ行け。」
 陸軍主計《りくぐんしゅけい》の軍服を着た牧野は、邪慳《じゃけん》に犬を足蹴《あしげ》にし
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