あぶ》っていた。
保吉は踏切りを通り越しにかかった。線路は停車場に近いため、何本も踏切りを横ぎっていた。彼はその線路を越える度に、踏切り番の轢《ひ》かれたのはどの線路だったろうと思い思いした。が、どの線路だったかは直《すぐ》に彼の目にも明らかになった。血はまだ一条の線路の上に二三分|前《まえ》の悲劇を語っていた。彼はほとんど、反射的に踏切の向う側へ目を移した。しかしそれは無効だった。冷やかに光った鉄の面《おもて》にどろりと赤いもののたまっている光景ははっと思う瞬間に、鮮《あざや》かに心へ焼きついてしまった。のみならずその血は線路の上から薄うすと水蒸気さえ昇《のぼ》らせていた。……
十分《じっぷん》の後《のち》、保吉は停車場のプラットフォオムに落着かない歩みをつづけていた。彼の頭は今しがた見た、気味の悪い光景に一ぱいだった。殊に血から立ち昇っている水蒸気ははっきり目についていた。彼はこの間話し合った伝熱作用のことを思い出した。血の中に宿っている生命の熱は宮本の教えた法則通り、一分一厘の狂いもなしに刻薄《こくはく》に線路へ伝わっている。そのまた生命は誰のでも好《い》い、職に殉《じゅん》
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