「からら[#「からら」に傍点]、大変だ。」
「ころろ[#「ころろ」に傍点]、大変だ。」
「大変だ、からら[#「からら」に傍点]、ころろ[#「ころろ」に傍点]。」
池中の蛙が驚いてわめいてる中《うち》に、蛇は蛙を啣《くは》へた儘、芦《あし》の中へかくれてしまつた。後《あと》の騒ぎは、恐らくこの池の開闢《かいびやく》以来|未嘗《いまだかつて》なかつた事であらう。自分にはその中で、年の若い蛙が、泣き声を出しながら、かう云つてゐるのが聞えた。
「水も艸木《くさき》も、虫も土も、空も太陽も、みんな我々蛙の為にある。では、蛇はどうしたのだ。蛇も我々の為にあるのか。」
「さうだ。蛇も我々蛙の為にある。蛇が食はなかつたら、蛙はふえるのに相違ない。ふえれば、池が、――世界が必《かならず》狭《せま》くなる。だから、蛇が我々蛙を食ひに来るのである。食はれた蛙は、多数の幸福の為に捧げられた犠牲《ぎせい》だと思ふがいい。さうだ。蛇も我々蛙の為にある。世界にありとあらゆる物は、悉《ことごとく》蛙の為にあるのだ。神の御名《みな》は讃《ほ》む可《べ》きかな。」
これが、自分の聞いた、年よりらしい蛙の答である。
[
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング