、何もイソツプの時代ばかりと限つてゐる訳ではない。
 中でも芦の葉の上にゐる蛙は、大学教授のやうな態度でこんなことを云つた。
「水は何《なん》の為にあるか。我々蛙の泳ぐ為にあるのである。虫は何の為にゐるか。我々蛙の食ふ為にゐるのである。」
「ヒヤア、ヒヤア」と、池中の蛙が声をかけた。空と艸木《くさき》との映《うつ》つた池の水面が、殆《ほとんど》埋《うま》る位な蛙だから、賛成の声も勿論《もちろん》大したものである。丁度《ちやうど》その時、白楊《はこやなぎ》の根元に眠つてゐた蛇《へび》は、このやかましいころろ[#「ころろ」に傍点]、からら[#「からら」に傍点]の声で眼をさました。さうして、鎌首《かまくび》をもたげながら、池の方《はう》へ眼をやつて、まだ眠むさうに舌なめづりをした。
「土は何の為にあるか。艸木《くさき》を生やす為にあるのである。では、艸木は何の為にあるか。我々蛙に影を与へる為にあるのである。従つて、全大地は我々蛙の為にあるのではないか。」
「ヒヤア、ヒヤア。」
 蛇は、二度目の賛成の声を聞くと、急に体を鞭《むち》のやうにぴんとさせた。それから、そろそろ芦の中へ這《は》ひこみな
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング