英雄の器
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)何しろ項羽《こうう》と云う男は
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大将|呂馬通《りょばつう》は
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「何しろ項羽《こうう》と云う男は、英雄の器《うつわ》じゃないですな。」
漢《かん》の大将|呂馬通《りょばつう》は、ただでさえ長い顔を、一層長くしながら、疎《まばら》な髭《ひげ》を撫でて、こう云った。彼の顔のまわりには、十人あまりの顔が、皆まん中に置いた燈火《ともしび》の光をうけて、赤く幕営の夜の中にうき上っている。その顔がまた、どれもいつになく微笑を浮べているのは、西楚《せいそ》の覇王《はおう》の首をあげた今日の勝戦《かちいくさ》の喜びが、まだ消えずにいるからであろう。――
「そうかね。」
鼻の高い、眼光の鋭い顔が一つ、これはやや皮肉な微笑を唇頭に漂わせながら、じっと呂馬通《りょばつう》の眉の間を見ながら、こう云った。呂馬通は何故《なぜ》か、いささか狼狽《ろうばい》したらしい。
「それは強いことは強いです。何しろ塗山《とざん》の禹王廟《うおうびょう》にある石の鼎《かなえ》さえ枉
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