《ま》げると云うのですからな。現に今日の戦《いくさ》でもです。私《わたし》は一時命はないものだと思いました。李佐《りさ》が殺される、王恒《おうこう》が殺される。その勢いと云ったら、ありません。それは実際、強いことは強いですな。」
「ははあ。」
相手の顔は依然として微笑しながら、鷹揚《おうよう》に頷《うなず》いた。幕営の外はしんとしている。遠くで二三度、角《かく》の音がしたほかは、馬の嘶《いなな》く声さえ聞えない。その中で、どことなく、枯れた木の葉の匂《におい》がする。
「しかしです。」呂馬通は一同の顔を見廻して、さも「しかし」らしく、眼《ま》ばたきを一つした。
「しかし、英雄の器《うつわ》じゃありません。その証拠は、やはり今日の戦ですな。烏江《うこう》に追いつめられた時の楚の軍は、たった二十八騎です。雲霞《うんか》のような味方の大軍に対して、戦った所が、仕方はありません。それに、烏江の亭長《ていちょう》は、わざわざ迎えに出て、江東《こうとう》へ舟で渡そうと云ったそうですな。もし項羽《こうう》に英雄の器があれば、垢を含んでも、烏江を渡るです。そうして捲土重来《けんどちょうらい》するです
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