解嘲
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)中村武羅夫《なかむらむらを》君

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)全然|喧騒《けんさう》と

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》
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     一

 中村武羅夫《なかむらむらを》君
 これは君の「随筆流行の事」に対する答である。僕は暫《しばら》く君と共に天下の文芸を論じなかつた為めか、君の文を読んだ時に一撃を加へたい欲望を感じた。乃《すなは》ち一月ばかり遅れたものの、聊《いささ》か君の論陣へ返し矢を飛ばせる所以《ゆゑん》である。どうかふだんの君のやうに、怒髪《どはつ》を天に朝《てう》せしめると同時に、内心は君の放つた矢は確かに手答へのあつたことを満足に思つてくれ給へ。
 君は「凡《およ》そ芸術と云ふ芸術で、清閑《せいかん》の所産でないものはない筈だ」と云つてゐる。又「芸術などといふものはその本来の性質からして、清閑の所産であるべきものだとは思ふ」と云つてゐる。僕も亦《また》君の駁《ばく》した文の中に、「随筆は清閑の所産である。少くとも僅かに清閑の所産を誇《ほこ》つてゐた文芸の形式である」と云つた。これは勿論随筆以外に清閑は入らんと云つた訣《わけ》ではない。「僅かに清閑の所産を誇つてゐた」と云ふのも事実上の問題に及んだだけである。まことに清閑は芸術の鑑賞並びにその創作の上には必要条件の一つに数へられなければならぬ。少くとも好都合《かうつがふ》の条件の一つに数へられなければならぬ筈である。この点は僕も君の説に少しも異議を述《の》べる必要はない。同時に又君も僕の説に異議を述べる必要はない筈である。
 次に中村《なかむら》君はかう云つてゐる。「芥川《あくたがは》氏は清閑は金《かね》の所産だと言ふ。が(中略)金のあるなしにかかはらず、現在のやうな社会的環境の中では清閑なんか得られないのである。金があればあるで忙《いそが》しからう。金がなければないで忙しからう。清閑を得られる得られないは、金の有無《うむ》よりも、寧《むし》ろ各自の心境の問題だと思ふ。」すると清閑なんか得られないと云つたのは必《かならず》しも君の説の
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