した。我々人間に比べれば、河童は実に清潔なものです。のみならず我々人間の頭は河童ばかり見ていた僕にはいかにも気味の悪いものに見えました。これはあるいはあなたにはおわかりにならないかもしれません。しかし目や口はともかくも、この鼻というものは妙に恐ろしい気を起こさせるものです。僕はもちろんできるだけ、だれにも会わない算段をしました。が、我々人間にもいつか次第に慣れ出したとみえ、半年ばかりたつうちにどこへでも出るようになりました。ただそれでも困ったことは何か話をしているうちにうっかり河童の国の言葉を口に出してしまうことです。
「君はあしたは家《うち》にいるかね?」
「Qua」
「なんだって?」
「いや、いるということだよ。」
だいたいこういう調子だったものです。
しかし河童の国から帰ってきた後、ちょうど一年ほどたった時、僕はある事業の失敗したために……(S博士《はかせ》は彼がこう言った時、「その話はおよしなさい」と注意をした。なんでも博士の話によれば、彼はこの話をするたびに看護人の手にもおえないくらい、乱暴になるとかいうことである。)
ではその話はやめましょう。しかしある事業の失敗した
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