を見つめました。それからやっと体《からだ》を起こし、部屋《へや》の隅《すみ》へ歩み寄ると、天井からそこに下がっていた一本の綱《つな》を引きました。すると今まで気のつかなかった天窓が一つ開きました。そのまた円《まる》い天窓の外には松や檜《ひのき》が枝を張った向こうに大空が青あおと晴れ渡っています。いや、大きい鏃《やじり》に似た槍《やり》ヶ岳《たけ》の峯もそびえています。僕は飛行機を見た子どものように実際飛び上がって喜びました。
「さあ、あすこから出ていくがいい。」
 年をとった河童はこう言いながら、さっきの綱を指さしました。今まで僕の綱と思っていたのは実は綱梯子《つなばしご》にできていたのです。
「ではあすこから出さしてもらいます。」
「ただわたしは前もって言うがね。出ていって後悔しないように。」
「大丈夫《だいじょうぶ》です。僕は後悔などはしません。」
 僕はこう返事をするが早いか、もう綱梯子をよじ登っていました。年をとった河童の頭の皿をはるか下にながめながら。

        一七

 僕は河童《かっぱ》の国から帰ってきた後《のち》、しばらくは我々人間の皮膚の匂《にお》いに閉口しま
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