》も丈夫《じょうぶ》だったし、一生食うに困らぬくらいの財産を持っていたのだよ。しかし一番しあわせだったのはやはり生まれてきた時に年よりだったことだと思っている。」
 僕はしばらくこの河童《かっぱ》と自殺したトックの話だの毎日医者に見てもらっているゲエルの話だのをしていました。が、なぜか年をとった河童はあまり僕の話などに興味のないような顔をしていました。
「ではあなたはほかの河童のように格別生きていることに執着《しゅうじゃく》を持ってはいないのですね?」
 年をとった河童は僕の顔を見ながら、静かにこう返事をしました。
「わたしもほかの河童のようにこの国へ生まれてくるかどうか、一応父親に尋ねられてから母親の胎内を離れたのだよ。」
「しかし僕はふとした拍子に、この国へ転《ころ》げ落ちてしまったのです。どうか僕にこの国から出ていかれる路《みち》を教えてください。」
「出ていかれる路は一つしかない。」
「というのは?」
「それはお前さんのここへ来た路だ。」
 僕はこの答えを聞いた時になぜか身の毛がよだちました。
「その路があいにく見つからないのです。」
 年をとった河童は水々しい目にじっと僕の顔
前へ 次へ
全86ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング