いは聖徒の数《かず》へはいることもできなかったかもしれません。……」
長老はちょっと黙った後《のち》、第三の龕《がん》の前へ案内しました。
「三番目にあるのはトルストイです。この聖徒はだれよりも苦行をしました。それは元来貴族だったために好奇心の多い公衆に苦しみを見せることをきらったからです。この聖徒は事実上信ぜられない基督《キリスト》を信じようと努力しました。いや、信じているようにさえ公言したこともあったのです。しかしとうとう晩年には悲壮な※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》つきだったことに堪《た》えられないようになりました。この聖徒も時々書斎の梁《はり》に恐怖を感じたのは有名です。けれども聖徒の数にはいっているくらいですから、もちろん自殺したのではありません。」
第四の龕の中の半身像は我々日本人のひとりです。僕はこの日本人の顔を見た時、さすがに懐《なつか》しさを感じました。
「これは国木田独歩《くにきだどっぽ》です。轢死《れきし》する人足《にんそく》の心もちをはっきり知っていた詩人です。しかしそれ以上の説明はあなたには不必要に違いありません。では五番目の龕の
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