中をごらんください。――」
「これはワグネルではありませんか?」
「そうです。国王の友だちだった革命家です。聖徒ワグネルは晩年には食前の祈祷《きとう》さえしていました。しかしもちろん基督教よりも生活教の信徒のひとりだったのです。ワグネルの残した手紙によれば、娑婆苦《しゃばく》は何度この聖徒を死の前に駆りやったかわかりません。」
僕らはもうその時には第六の龕《がん》の前に立っていました。
「これは聖徒ストリントベリイの友だちです。子どもの大勢ある細君の代わりに十三四のクイティの女をめとった商売人上がりの仏蘭西《フランス》の画家です。この聖徒は太い血管の中に水夫の血を流していました。が、唇《くちびる》をごらんなさい。砒素《ひそ》か何かの痕《あと》が残っています。第七の龕の中にあるのは……もうあなたはお疲れでしょう。ではどうかこちらへおいでください。」
僕は実際疲れていましたから、ラップといっしょに長老に従い、香《こう》の匂《にお》いのする廊下伝いにある部屋《へや》へはいりました。そのまた小さい部屋の隅《すみ》には黒いヴェヌスの像の下に山葡萄《やまぶどう》が一ふさ献じてあるのです。僕はな
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