中に仰向《あおむ》けになって倒れていました。そのまたそばには雌《めす》の河童が一匹、トックの胸に顔を埋《うず》め、大声をあげて泣いていました。僕は雌の河童を抱き起こしながら、(いったい僕はぬらぬらする河童の皮膚に手を触れることをあまり好んではいないのですが。)「どうしたのです?」と尋ねました。
「どうしたのだか、わかりません。ただ何か書いていたと思うと、いきなりピストルで頭を打ったのです。ああ、わたしはどうしましょう? qur−r−r−r−r, qur−r−r−r−r」(これは河童の泣き声です。)
「なにしろトック君はわがままだったからね。」
硝子《ガラス》会社の社長のゲエルは悲しそうに頭を振りながら、裁判官のペップにこう言いました。しかしペップは何も言わずに金口《きんぐち》の巻煙草《まきたばこ》に火をつけていました。すると今までひざまずいて、トックの創口《きずぐち》などを調べていたチャックはいかにも医者らしい態度をしたまま、僕ら五人に宣言しました。(実はひとりと四匹《しひき》とです。)
「もう駄目《だめ》です。トック君は元来胃病でしたから、それだけでも憂鬱《ゆううつ》になりやすかっ
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