ね。あなたは令息が女中に惚《ほ》れたり、令嬢が運転手に惚れたりするのはなんのためだと思っているのです? あれは皆無意識的に悪遺伝を撲滅しているのですよ。第一この間あなたの話したあなたがた人間の義勇隊よりも、――一本の鉄道を奪うために互いに殺し合う義勇隊ですね、――ああいう義勇隊に比べれば、ずっと僕たちの義勇隊は高尚ではないかと思いますがね。」
 ラップは真面目《まじめ》にこう言いながら、しかも太い腹だけはおかしそうに絶えず浪立《なみだ》たせていました。が、僕は笑うどころか、あわててある河童《かっぱ》をつかまえようとしました。それは僕の油断を見すまし、その河童が僕の万年筆を盗んだことに気がついたからです。しかし皮膚の滑《なめ》らかな河童は容易に我々にはつかまりません。その河童もぬらりとすべり抜けるが早いかいっさんに逃げ出してしまいました。ちょうど蚊のようにやせた体《からだ》を倒れるかと思うくらいのめらせながら。

        五

 僕はこのラップという河童にバッグにも劣らぬ世話になりました。が、その中でも忘れられないのはトックという河童に紹介されたことです。トックは河童仲間の詩人で
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