みえ、こう小声に返事をしました。
「僕は生まれたくはありません。第一僕のお父《とう》さんの遺伝は精神病だけでもたいへんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じていますから。」
バッグはこの返事を聞いた時、てれたように頭をかいていました。が、そこにい合わせた産婆はたちまち細君の生殖器へ太い硝子《ガラス》の管《かん》を突きこみ、何か液体を注射しました。すると細君はほっとしたように太い息をもらしました。同時にまた今まで大きかった腹は水素瓦斯《すいそガス》を抜いた風船のようにへたへたと縮んでしまいました。
こういう返事をするくらいですから、河童の子どもは生まれるが早いか、もちろん歩いたりしゃべったりするのです。なんでもチャックの話では出産後二十六日目に神の有無《うむ》について講演をした子どももあったとかいうことです。もっともその子どもは二月目《ふたつきめ》には死んでしまったということですが。
お産の話をしたついでですから、僕がこの国へ来た三月目《みつきめ》に偶然ある街《まち》の角《かど》で見かけた、大きいポスタアの話をしましょう。その大きいポスタアの下には喇叭《らっぱ》を吹いている河童だの
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