遠いチャックです。チャックはちょっと鼻目金《はなめがね》を直し、こう僕に質問しました。
「日本にも死刑はありますか?」
「ありますとも。日本では絞罪《こうざい》です。」
僕は冷然と構えこんだペップに多少反感を感じていましたから、この機会に皮肉を浴びせてやりました。
「この国の死刑は日本よりも文明的にできているでしょうね?」
「それはもちろん文明的です。」
ペップはやはり落ち着いていました。
「この国では絞罪などは用いません。まれには電気を用いることもあります。しかしたいていは電気も用いません。ただその犯罪の名を言って聞かせるだけです。」
「それだけで河童は死ぬのですか?」
「死にますとも。我々河童の神経作用はあなたがたのよりも微妙ですからね。」
「それは死刑ばかりではありません。殺人にもその手を使うのがあります――」
社長のゲエルは色硝子《いろガラス》の光に顔中紫に染まりながら、人なつこい笑顔《えがお》をして見せました。
「わたしはこの間もある社会主義者に『貴様は盗人《ぬすびと》だ』と言われたために心臓|痲痺《まひ》[#「痲痺」は底本では「痳痺」]を起こしかかったものです。」
「それは案外多いようですね。わたしの知っていたある弁護士などはやはりそのために死んでしまったのですからね。」
僕はこう口を入れた河童《かっぱ》、――哲学者のマッグをふりかえりました。マッグはやはりいつものように皮肉な微笑を浮かべたまま、だれの顔も見ずにしゃべっているのです。
「その河童はだれかに蛙《かえる》だと言われ、――もちろんあなたも御承知でしょう、この国で蛙だと言われるのは人非人《にんぴにん》という意味になることぐらいは。――己《おれ》は蛙かな? 蛙ではないかな? と毎日考えているうちにとうとう死んでしまったものです。」
「それはつまり自殺ですね。」
「もっともその河童を蛙だと言ったやつは殺すつもりで言ったのですがね。あなたがたの目から見れば、やはりそれも自殺という……」
ちょうどマッグがこう言った時です。突然その部屋《へや》の壁の向こうに、――たしかに詩人のトックの家に鋭いピストルの音が一発、空気をはね返すように響き渡りました。
十三
僕らはトックの家へ駆けつけました。トックは右の手にピストルを握り、頭の皿から血を出したまま、高山植物の鉢植《はちう》えの
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