「子供の玩具にする為だつたのでせう。けれどもその子供は死んでゐるのです。若し何か御不審だつたら、刑法千二百八十五条をお調べなさい。」
 巡査はかう言ひすてたなり、さつさとどこかへ行つてしまひました。僕は仕かたがありませんから、「刑法千二百八十五条」を口の中に繰り返し、マツグの家へ急いで行きました。哲学者のマツグは客好きです。現にけふも薄暗い部屋には裁判官のペツプや医者のチヤツクや硝子会社の社長のゲエルなどが集り、七色の色硝子のランタアンの下に煙草の煙を立ち昇らせてゐました。そこに裁判官のペツプが来てゐたのは何よりも僕には好都合です。僕は椅子にかけるが早いか、刑法第千二百八十五条を検べる代りに早速ペツプへ問ひかけました。
「ペツプ君、甚だ失礼ですが、この国では罪人を罰しないのですか?」
 ペツプは金口の煙草の煙をまづ悠々と吹き上げてから、如何にもつまらなさうに返事をしました。
「罰しますとも。死刑さへ行はれる位ですからね。」
「しかし僕は一月ばかり前に、……」
 僕は委細を話した後、例の刑法千二百八十五条のことを尋ねて見ました。
「ふむ、それはかう云ふのです。――『如何なる犯罪を行ひたり
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