や巡査の顔をじろじろ見てゐるのです。しかし巡査は怒りもせず、腹の袋から手帳を出して早速尋問にとりかかりました。
「お前の名は?」
「グルツク。」
「職業は?」
「つひ二三日前までは郵便配達夫をしてゐました。」
「よろしい。そこでこの人の申し立てによれば、君はこの人の万年筆を盗んで行つたと云ふことだがね。」
「ええ、一月ばかり前に盗みました。」
「何の為に?」
「子供の玩具にしようと思つたのです。」
「その子供は?」
巡査は始めて相手の河童へ鋭い目を注ぎました。
「一週間前に死んでしまひました。」
「死亡証明書を持つてゐるかね?」
痩せた河童は腹の袋から一枚の紙をとり出しました。巡査はその紙へ目を通すと、急ににやにや笑ひながら、相手の肩を叩きました。
「よろしい。どうも御苦労だつたね。」
僕は呆気にとられたまま、巡査の顔を眺めてゐました。しかもそのうちに痩せた河童は何かぶつぶつ呟きながら、僕等を後ろにして行つてしまふのです。僕はやつと気をとり直し、かう巡査に尋ねて見ました。
「どうしてあの河童を掴まへないのです?」
「あの河童は無罪ですよ。」
「しかし僕の万年筆を盗んだのは……」
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