したから、或時又ペツプやチヤツクとゲエル家の晩餐に招かれた機会にこのことをなぜかと尋ねて見ました。
「それはみんな食つてしまふのですよ。」
 食後の葉巻を啣へたゲエルは如何にも無造作にかう言ひました。しかし「食つてしまふ」と云ふのは何のことだかわかりません。すると鼻眼金をかけたチヤツクは僕の不審を察したと見え、横あひから説明を加へてくれました。
「その職工をみんな殺してしまつて、肉を食料に使ふのです。ここにある新聞を御覧なさい。今月は丁度六万四千七百六十九匹の職工が解雇されましたから、それだけ肉の値段も下つた訣ですよ。」
「職工は黙つて殺されるのですか?」
「それは騒いでも仕かたはありません。職工屠殺法があるのですから。」
 これは山桃の鉢植ゑを後に苦い顔をしてゐたペツプの言葉です。僕は勿論不快を感じました。しかし主人公のゲエルは勿論、ペツプやチヤツクもそんなことは当然と思つてゐるらしいのです。現にチヤツクは笑ひながら、嘲るやうに僕に話しかけました。
「つまり餓死したり自殺したりする手数を国家的に省略してやるのですね。ちよつと有毒瓦斯を嗅がせるだけですから、大した苦痛はありませんよ。」
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