すから、quack(これは唯間投詞です)と一声叫んだぎり、とうとう気を失つてしまひました。

[#7字下げ]八[#「八」は中見出し]

 僕は硝子会社の社長のゲエルに不思議にも好意を持つてゐました。ゲエルは資本家中の資本家です。恐らくはこの国の河童の中でも、ゲエルほど大きい腹をした河童は一匹もゐなかつたのに違ひありません。しかし茘枝《れいし》に似た細君や胡瓜に似た子供を左右にしながら、安楽椅子に坐つてゐる所は殆ど幸福そのものです。僕は時々裁判官のペツプや医者のチヤツクにつれられてゲエル家の晩餐へ出かけました。又ゲエルの紹介状を持つてゲエルやゲエルの友人たちが多少の関係を持つてゐるいろいろの工場も見て歩きました。そのいろいろの工場の中でも殊に僕に面白かつたのは書籍製造会社の工場です。僕は年の若い河童の技師とこの工場の中へはいり、水力電気を動力にした、大きい機械を眺めた時、今更のやうに河童の国の機械工業の進歩に驚嘆しました。何でもそこでは一年間に七百万部の本を製造するさうです。が、僕を驚かしたのは本の部数ではありません。それだけの本を製造するのに少しも手数のかからないことです。何しろこの国
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