々とつかまつてしまふのです。僕の見かけた雄の河童は雌の河童を抱いたなり、暫くそこに転がつてゐました。が、やつと起き上つたのを見ると、失望と云ふか、後悔と云ふか、兎に角何とも形容出来ない、気の毒な顔をしてゐました。しかしそれはまだ好いのです。これも僕の見かけた中に小さい雄の河童が一匹、雌の河童を追ひかけてゐました。雌の河童は例の通り、誘惑的遁走をしてゐるのです。するとそこへ向うの街から大きい雄の河童が一匹、鼻息を鳴らせて歩いて来ました。雌の河童は何かの拍子にふとこの河童を見ると、「大変です! 助けて下さい! あの河童はわたしを殺さうとするのです!」と金切り声を出して叫びました。勿論大きい雄の河童は忽ち小さい河童をつかまへ、往来のまん中へねぢ伏せました。小さい河童は水掻きのある手に二三度空を掴んだなり、とうとう死んでしまひました。けれどももうその時には雌の河童はにやにやしながら、大きい河童の頸つ玉へしつかりしがみついてしまつてゐたのです。
僕の知つてゐた雄の河童は誰も皆言ひ合はせたやうに雌の河童に追ひかけられました。勿論妻子を持つてゐるバツグでもやはり追ひかけられたのです。のみならず二三
前へ
次へ
全77ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング