知れるものには頗《すこぶ》る自然なる応酬なるべし。
 答 自殺するは容易なりや否や?
 問 諸君の生命は永遠なりや?
 答 我等の生命に関しては諸説紛々として信ずべからず。幸ひに我等の間にも基督教、仏教、モハメツト教、拝火教等の諸宗あることを忘るる勿れ。
 問 君自身の信ずる所は?
 答 予は常に懐疑主義者なり。
 問 然れども君は少くとも心霊の存在を疑はざるべし?
 答 諸君の如く確信する能はず。
 問 君の交友の多少は如何?
 答 予の交友は古今東西に亘り、三百人を下らざるべし。その著名なるものを挙ぐれば、クライスト、マイレンデル、ワイニンゲル、……
 問 君の交友は自殺者のみなりや?
 答 必しも然りとせず。自殺を弁護せるモンテエニユの如きは予が畏友の一人なり。唯予は自殺せざりし厭世主義者、――シヨオペンハウエルの輩とは交際せず。
 問 シヨオペンハウエルは健在なりや?
 答 彼は目下心霊的厭世主義を樹立し、自活[#「自活」に傍点]する可否を論じつつあり。然れどもコレラも黴菌病《ばいきんびやう》なりしを知り、頗る安堵せるものの如し。
 我等会員は相次いでナポレオン、孔子、ドストエフスキイ、ダアウイン、クレオパトラ、釈迦、デモステネス、ダンテ、千の利休等の心霊の消息を質問したり。然れどもトツク君は不幸にも詳細に答ふることを做さず、反つてトツク君自身に関する種々のゴシツプを質問したり。
 問 予の死後の名声は如何?
 答 或批評家は「群小詩人の一人」と言へり。
 問 彼は予が詩集を贈らざりしに怨恨を含める一人なるべし。予の全集は出版せられしや?
 答 君の全集は出版せられたれども、売行甚だ振はざるが如し。
 問 予の全集は三百年の後、――即ち著作権の失はれたる後、万人の購ふ所となるべし。予の同棲せる女友だちは如何?
 答 彼女は書肆ラツク君の夫人となれり。
 問 彼女は未だ不幸にもラツクの義眼なるを知らざるなるべし。予が子は如何?
 答 国立孤児院にありと聞けり。
 トツク君は暫く沈黙せる後、新たに質問を開始したり。
 問 予が家は如何?
 答 某写真師のステユデイオとなれり。
 問 予の机は如何になれるか?
 答 如何なれるかを知るものなし。
 問 予は予の机の抽斗に予の秘蔵せる一束の手紙を――然れどもこは幸ひにも多忙なる諸君の関する所にあらず。今やわが心霊界は
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