かしそれ等は僕等のやうに非常に小さく見えたものです。そのうちに僕等は腰の曲つた一匹の河童に出合ひました。するとラツプはこの河童にちよつと頭を下げた上、丁寧にかう話しかけました。
「長老、御達者なのは何よりもです。」
相手の河童もお時宜をした後、やはり丁寧に返事をしました。
「これはラツプさんですか? あなたも不相変、――(と言ひかけながら、ちよつと言葉をつがなかつたのはラツプの嘴の腐つてゐるのにやつと気がついた為だつたでせう。)――ああ、兎に角御丈夫らしいやうですね。が、けふはどうして又……」
「けふはこの方のお伴をして来たのです。この方は多分御承知の通り、――」
それからラツプは滔々と僕のことを話しました。どうも又それはこの大寺院へラツプが滅多に来ないことの弁解にもなつてゐたらしいのです。
「就いてはどうかこの方の御案内を願ひたいと思ふのですが。」
長老は大様に微笑しながら、まづ僕に挨拶をし、静かに正面の祭壇を指さしました。
「御案内と申しても、何も御役に立つことは出来ません。我々信徒の礼拝するのは正面の祭壇にある『生命の樹』です。『生命の樹』には御覧の通り、金と緑との果《み》がなつてゐます。あの金の果を『善の果』と云ひ、あの緑の果を『悪の果』と云ひます。……」
僕はかう云ふ説明のうちにもう退屈を感じ出しました。それは折角の長老の言葉も古い比喩のやうに聞えたからです。僕は勿論熱心に聞いてゐる容子を装つてゐました。が、時々は大寺院の内部へそつと目をやるのを忘れずにゐました。
コリント風の柱、ゴシク風の穹窿、アラビアじみた市松模様の床、セセツシヨン紛ひの祈祷机、――かう云ふものの作つてゐる調和は妙に野蛮な美を具へてゐました。しかし僕の目を惹いたのは何よりも両側の龕《がん》の中にある大理石の半身像です。僕は何かそれ等の像を見知つてゐるやうに思ひました。それも亦不思議ではありません。あの腰の曲つた河童は「生命の樹」の説明を了ると、今度は僕やラツプと一しよに右側の龕の前へ歩み寄り、その龕の中の半身像にかう云ふ説明を加へ出しました。
「これは我々の聖徒の一人、――あらゆるものに反逆した聖徒ストリントベリイです。この聖徒はさんざん苦しんだ揚句、スウエデンボルグの哲学の為に救はれたやうに言はれてゐます。が、実は救はれなかつたのです。この聖徒は唯我々のやうに生活教を信じて
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