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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蟹《かに》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)商業会議所会頭某|男爵《だんしやく》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十二年二月)
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蟹《かに》の握り飯を奪った猿《さる》はとうとう蟹に仇《かたき》を取られた。蟹は臼《うす》、蜂《はち》、卵と共に、怨敵《おんてき》の猿を殺したのである。――その話はいまさらしないでも好《よ》い。ただ猿を仕止めた後《のち》、蟹を始め同志のものはどう云う運命に逢着《ほうちゃく》したか、それを話すことは必要である。なぜと云えばお伽噺《とぎばなし》は全然このことは話していない。
いや、話していないどころか、あたかも蟹は穴の中に、臼は台所の土間《どま》の隅に、蜂は軒先《のきさき》の蜂の巣に、卵は籾殻《もみがら》の箱の中に、太平無事な生涯でも送ったかのように装《よそお》っている。
しかしそれは偽《いつわり》である。彼等は仇《かたき》を取った後、警官の捕縛《ほばく》するところとなり、ことごとく監獄《かんごく》に投ぜられた。しかも裁判《さいばん》を重ねた結果、主犯《しゅはん》蟹は死刑になり、臼、蜂、卵等の共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺《とぎばなし》のみしか知らない読者はこう云う彼等の運命に、怪訝《かいが》の念を持つかも知れない。が、これは事実である。寸毫《すんごう》も疑いのない事実である。
蟹《かに》は蟹自身の言によれば、握り飯と柿《かき》と交換した。が、猿は熟柿《じゅくし》を与えず、青柿《あおがき》ばかり与えたのみか、蟹に傷害を加えるように、さんざんその柿を投げつけたと云う。しかし蟹は猿との間《あいだ》に、一通の証書も取り換《か》わしていない。よしまたそれは不問《ふもん》に附しても、握り飯と柿と交換したと云い、熟柿とは特に断《ことわ》っていない。最後に青柿を投げつけられたと云うのも、猿に悪意があったかどうか、その辺《へん》の証拠は不十分である。だから蟹の弁護に立った、雄弁の名の高い某弁護士も、裁判官の同情を乞うよりほかに、策の出づるところを知らなかったらしい。その弁護士は気の毒そうに、蟹の泡を拭ってやりながら、「あきらめ給え」と云ったそうである。もっともこの「あきらめ給え」は、死刑の宣告を下
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