されたことをあきらめ給えと云ったのだか、弁護士に大金《たいきん》をとられたことをあきらめ給えと云ったのだか、それは誰にも決定出来ない。
 その上新聞雑誌の輿論《よろん》も、蟹に同情を寄せたものはほとんど一つもなかったようである。蟹の猿を殺したのは私憤《しふん》の結果にほかならない。しかもその私憤たるや、己《おのれ》の無知と軽卒《けいそつ》とから猿に利益を占められたのを忌々《いまいま》しがっただけではないか? 優勝劣敗の世の中にこう云う私憤を洩《も》らすとすれば、愚者にあらずんば狂者である。――と云う非難が多かったらしい。現に商業会議所会頭某|男爵《だんしゃく》のごときは大体|上《かみ》のような意見と共に、蟹の猿を殺したのも多少は流行の危険思想にかぶれたのであろうと論断した。そのせいか蟹の仇打《かたきう》ち以来、某男爵は壮士のほかにも、ブルドッグを十頭|飼《か》ったそうである。
 かつまた蟹の仇打ちはいわゆる識者の間《あいだ》にも、一向《いっこう》好評を博さなかった。大学教授某|博士《はかせ》は倫理学上の見地から、蟹の猿を殺したのは復讐《ふくしゅう》の意志に出《で》たものである、復讐は善と称し難いと云った。それから社会主義の某首領は蟹は柿とか握り飯とか云う私有財産を難有《ありがた》がっていたから、臼や蜂や卵なども反動的思想を持っていたのであろう、事によると尻押《しりお》しをしたのは国粋会《こくすいかい》かも知れないと云った。それから某宗《ぼうしゅう》の管長某師は蟹は仏慈悲《ぶつじひ》を知らなかったらしい、たとい青柿を投げつけられたとしても、仏慈悲を知っていさえすれば、猿の所業を憎む代りに、反《かえ》ってそれを憐んだであろう。ああ、思えば一度でも好《い》いから、わたしの説教を聴かせたかったと云った。それから――また各方面にいろいろ批評する名士はあったが、いずれも蟹の仇打ちには不賛成《ふさんせい》の声ばかりだった。そう云う中にたった一人、蟹のために気を吐いたのは酒豪《しゅごう》兼詩人の某代議士である。代議士は蟹の仇打ちは武士道の精神と一致すると云った。しかしこんな時代遅れの議論は誰の耳にも止《とま》るはずはない。のみならず新聞のゴシップによると、その代議士は数年以前、動物園を見物中、猿に尿《いばり》をかけられたことを遺恨《いこん》に思っていたそうである。
 お伽噺《とぎば
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