ぎをした。

        *      *      *

 牛商人は、うつかり、悪魔の手にのつたのを、後悔した。このままで行けば、結局、あの「ぢやぼ」につかまつて、体も魂も、「亡《ほろ》ぶることなき猛火《みやうくわ》」に、焼かれなければ、ならない。それでは、今までの宗旨をすてて、波宇寸低茂《はうすちも》をうけた甲斐が、なくなつてしまふ。
 が、御主《おんあるじ》耶蘇基督《エス・クリスト》の名で、誓つた以上、一度した約束は、破る事が出来ない。勿論、フランシス上人でも、ゐたのなら、またどうにかなる所だが、生憎《あいにく》、それも今は留守である。そこで、彼は、三日の間、夜の眼もねずに、悪魔の巧みの裏をかく手だてを考へた。それには、どうしても、あの植物の名を、知るより外に、仕方がない。しかし、フランシス上人でさへ、知らない名を、どこに知つてゐるものが、ゐるであらう。……
 牛商人は、とうとう、約束の期限の切れる晩に、又あの黄牛《あめうし》をひつぱつて、そつと、伊留満の住んでゐる家の側へ、忍んで行つた。家は畑とならんで、往来に向つてゐる。行つて見ると、もう伊留満も寝しづまつたと見えて、窓か
前へ 次へ
全15ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング