「ええ、悪い煙草だ。煙管ごのみが、聞いてあきれるぜ。」
 了哲は慌てて、煙草入れをしまった。
「なに、金無垢《きんむく》の煙管なら、それでも、ちょいとのめようと云うものさ。」
「ふんまた煙管か。」と繰返して、「そんなに金無垢が有難けりゃ何故お煙管拝領と出かけねえんだ。」
「お煙管拝領?」
「そうよ。」
 さすがに、了哲も相手の傍若無人《ぼうじゃくぶじん》なのにあきれたらしい。
「いくらお前、わしが欲ばりでも、……せめて、銀ででもあれば、格別さ。……とにかく、金無垢だぜ。あの煙管は。」
「知れた事よ。金無垢ならばこそ、貰うんだ。真鍮《しんちゅう》の駄六《だろく》を拝領に出る奴がどこにある。」
「だが、そいつは少し恐れだて。」
了哲はきれいに剃《そ》った頭を一つたたいて恐縮したような身ぶりをした。
「手前が貰わざ、己《おれ》が貰う。いいか、あとで羨《うらやま》しがるなよ。」
 河内山はこう云って、煙管をはたきながら肩をゆすって、せせら笑った。

        三

 それから間もなくの事である。
 斉広《なりひろ》がいつものように、殿中《でんちゅう》の一間で煙草をくゆらせていると、西王母
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