しかも、金無垢の煙管にさえ、愛着《あいじゃく》のなかった斉広が、銀の煙管をくれてやるのに、未練《みれん》のあるべき筈はない。彼は、請われるままに、惜し気もなく煙管を投げてやった。しまいには、登城した時に、煙管をやるのか、煙管をやるために登城するのか、彼自身にも判別が出来なくなった――少くともなったくらいである。
 これを聞いた、山崎、岩田、上木の三人は、また、愁眉《しゅうび》をあつめて評議した。こうなっては、いよいよ上木の献策通り、真鍮の煙管を造らせるよりほかに、仕方がない。そこで、また、例の如く、命が住吉屋七兵衛へ下《くだ》ろうとした――丁度、その時である。一人の近習《きんじゅ》が斉広の旨を伝えに、彼等の所へやって来た。
「御前《ごぜん》は銀の煙管を持つと坊主共の所望がうるさい。以来従前通り、金の煙管に致せと仰せられまする。」
 三人は、唖然《あぜん》として、為す所を知らなかった。

        七

 河内山宗俊《こうちやまそうしゅん》は、ほかの坊主共が先を争って、斉広《なりひろ》の銀の煙管《きせる》を貰いにゆくのを、傍痛《かたわらいた》く眺めていた。ことに、了哲《りょうてつ》
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