いる、百万石が自慢なのである。だから、彼のこの虚栄心は、金無垢の煙管を愛用する事によって、満足させられると同じように、その煙管を惜しげもなく、他人にくれてやる事によって、更によく満足させられる訳ではあるまいか。たまたまそれを河内山にやる際に、幾分外部の事情に、強《し》いられたような所があったにしても、彼の満足が、そのために、少しでも損ぜられる事なぞはないのである。
 そこで、斉広は、本郷《ほんごう》の屋敷へ帰ると、近習《きんじゅ》の侍に向って、愉快そうにこう云った。
「煙管は宗俊の坊主にとらせたぞよ。」

        五

 これを聞いた家中《かちゅう》の者は、斉広《なりひろ》の宏量《こうりょう》なのに驚いた。しかし御用部屋《ごようべや》の山崎|勘左衛門《かんざえもん》、御納戸掛《おなんどがかり》の岩田|内蔵之助《くらのすけ》、御勝手方《おかってがた》の上木《かみき》九郎右衛門――この三人の役人だけは思わず、眉《まゆ》をひそめたのである。
 加州一藩の経済にとっては、勿論、金無垢の煙管《きせる》一本の費用くらいは、何でもない。が、賀節《がせつ》朔望《さくぼう》二十八日の登城《とじょう》の度に、必ず、それを一本ずつ、坊主たちにとられるとなると、容易ならない支出である。あるいは、そのために運上《うんじょう》を増して煙管の入目《いりめ》を償《つぐな》うような事が、起らないとも限らない。そうなっては、大変である――三人の忠義の侍は、皆云い合せたように、それを未然に惧《おそ》れた。
 そこで、彼等は、早速評議を開いて、善後策を講じる事になった。善後策と云っても、勿論一つしかない。――それは、煙管の地金《じがね》を全然変更して、坊主共の欲しがらないようなものにする事である。が、その地金を何にするかと云う問題になると、岩田と上木とで、互に意見を異にした。
 岩田は君公の体面上銀より卑《いや》しい金属を用いるのは、異《い》なものであると云う。上木はまた、すでに坊主共の欲心を防ごうと云うのなら、真鍮《しんちゅう》を用いるのに越した事はない。今更体面を、顧慮する如きは、姑息《こそく》の見《けん》であると云う。――二人は、各々、自説を固守して、極力|論駁《ろんばく》を試みた。
 すると、老功な山崎が、両説とも、至極道理がある。が、まず、一応、銀を用いて見て、それでも坊主共が欲しがるよ
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