な心もちは、煙管なり、それによって代表される百万石なりを、人に見せびらかすほど、増長慢《ぞうちょうまん》な性質のものではなかったかも知れない。が、彼自身が見せびらかさないまでも、殿中《でんちゅう》の注意は、明かに、その煙管に集注されている観があった。そうして、その集注されていると云う事を意識するのが斉広にとっては、かなり愉快な感じを与えた。――現に彼には、同席の大名に、あまりお煙管が見事だからちょいと拝見させて頂きたいと、云われた後《あと》では、のみなれた煙草の煙までがいつもより、一層快く、舌を刺戟《しげき》するような気さえ、したのである。
二
斉広《なりひろ》の持っている、金無垢《きんむく》の煙管《きせる》に、眼を駭《おどろ》かした連中の中で、最もそれを話題にする事を好んだのは所謂《いわゆる》、お坊主《ぼうず》の階級である。彼等はよるとさわると、鼻をつき合せて、この「加賀の煙管」を材料に得意の饒舌《じょうぜつ》を闘わせた。
「さすがは、大名道具だて。」
「同じ道具でも、ああ云う物は、つぶしが利《き》きやす。」
「質《しち》に置いたら、何両貸す事かの。」
「貴公じゃあるまいし、誰が質になんぞ、置くものか。」
ざっと、こんな調子である。
するとある日、彼等の五六人が、円《まる》い頭をならべて、一服やりながら、例の如く煙管の噂《うわさ》をしていると、そこへ、偶然、御数寄屋坊主《おすきやぼうず》の河内山宗俊《こうちやまそうしゅん》が、やって来た。――後年《こうねん》「天保六歌仙《てんぽうろっかせん》」の中の、主な 〔role^〕 をつとめる事になった男である。
「ふんまた煙管か。」
河内山は、一座の坊主を、尻眼にかけて、空嘯《そらうそぶ》いた。
「彫《ほり》と云い、地金《じがね》と云い、見事な物さ。銀の煙管さえ持たぬこちとらには見るも眼の毒……」
調子にのって弁じていた了哲《りょうてつ》と云う坊主が、ふと気がついて見ると、宗俊は、いつの間にか彼の煙管入れをひきよせて、その中から煙草をつめては、悠然と煙を輪にふいている。
「おい、おい、それは貴公の煙草入れじゃないぜ。」
「いいって事よ。」
宗俊は、了哲の方を見むきもせずに、また煙草をつめた。そうして、それを吸ってしまうと、生《なま》あくびを一つしながら、煙草入れをそこへ抛《ほう》り出して、
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