います。」
「成程。」
「夢の御告げでもないならともかく、娘は、観音様のお思召《おぼしめ》し通りになるのだと思ったものでございますから、とうとう首《かぶり》を竪《たて》にふりました。さて形《かた》ばかりの盃事《さかずきごと》をすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのが綾《あや》を十|疋《ぴき》に絹を十疋でございます。――この真似《まね》ばかりは、いくら貴方《あなた》にもちとむずかしいかも存じませんな。」
 青侍は、にやにや笑うばかりで、返事をしない。鶯も、もう啼かなくなった。
「やがて、男は、日の暮《くれ》に帰ると云って、娘一人を留守居《るすい》に、慌《あわただ》しくどこかへ出て参りました。その後《あと》の淋しさは、また一倍でございます。いくら利発者でも、こうなると、さすがに心細くなるのでございましょう。そこで、心晴らしに、何気《なにげ》なく塔の奥へ行って見ると、どうでございましょう。綾や絹は愚《おろか》な事、珠玉とか砂金《さきん》とか云う金目《かねめ》の物が、皮匣《かわご》に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わ
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