くめたまま、引きずるようにして、つれて行きます。泣こうにも、喚《わめ》こうにも、まるで人通りのない時分なのだから、仕方がございませぬ。」
「ははあ、それから。」
「それから、とうとう八坂寺《やさかでら》の塔の中へ、つれこまれて、その晩はそこですごしたそうでございます。――いや、その辺《へん》の事なら、何も年よりの手前などが、わざわざ申し上げるまでもございますまい。」
 翁《おきな》は、また眦《めじり》に皺《しわ》をよせて、笑った。往来の影は、いよいよ長くなったらしい。吹くともなく渡る風のせいであろう、そこここに散っている桜の花も、いつの間にかこっちへ吹きよせられて、今では、雨落ちの石の間に、点々と白い色をこぼしている。
「冗談云っちゃいけない。」
 青侍は、思い出したように、頤《あご》のひげを抜き抜き、こう云った。
「それで、もうおしまいかい。」
「それだけなら、何もわざわざお話し申すがものはございませぬ。」翁《おきな》は、やはり壺《つぼ》をいじりながら、「夜があけると、その男が、こうなるのも大方|宿世《すくせ》の縁だろうから、とてもの事に夫婦《みょうと》になってくれと申したそうでござ
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