てゐる彼である。色のさめた水干に、指貫《さしぬき》をつけて、飼主のない尨犬《むくいぬ》のやうに、朱雀大路をうろついて歩く、憐む可き、孤独な彼である。しかし、同時に又、芋粥に飽きたいと云ふ慾望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な彼である。――彼は、この上芋粥を飲まずにすむと云ふ安心と共に、満面の汗が次第に、鼻の先から、乾いてゆくのを感じた。晴れてはゐても、敦賀の朝は、身にしみるやうに、風が寒い。五位は慌てて、鼻をおさへると同時に銀《しろがね》の提に向つて大きな嚔《くさめ》をした。
[#地から2字上げ](大正五年八月)



底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
   1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:吉田亜津美
1999年5月29日公開
2004年2月17日修正
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