鼻を、一層赤くしながら、提に半分ばかりの芋粥を大きな土器《かはらけ》にすくつて、いやいやながら飲み干した。
「父も、さう申すぢやて。平《ひら》に、遠慮は御無用ぢや。」
 利仁も側から、新な提をすすめて、意地悪く笑ひながらこんな事を云ふ。弱つたのは五位である。遠慮のない所を云へば、始めから芋粥は、一椀も吸ひたくない。それを今、我慢して、やつと、提に半分だけ平げた。これ以上、飲めば、喉を越さない中にもどしてしまふ、さうかと云つて、飲まなければ、利仁や有仁の厚意を無にするのも、同じである。そこで、彼は又眼をつぶつて、残りの半分を三分の一程飲み干した。もう後は一口も吸ひやうがない。
「何とも、忝うござつた。もう十分頂戴致したて。――いやはや、何とも忝うござつた。」
 五位は、しどろもどろになつて、かう云つた。余程弱つたと見えて、口髭にも、鼻の先にも、冬とは思はれない程、汗が玉になつて、垂れてゐる。
「これは又、御少食ぢや。客人は、遠慮をされると見えたぞ。それそれその方ども、何を致して居る。」
 童児たちは、有仁の語につれて、新な提の中から、芋粥を、土器《かはらけ》に汲まうとする。五位は、両手を
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