告《ふ》れてゐるらしい。その乾《ひ》からびた声が、霜に響くせゐか、凛々《りんりん》として凩《こがらし》のやうに、一語づつ五位の骨に、応へるやうな気さへする。
「この辺の下人、承はれ。殿の御意遊ばさるるには、明朝、卯時《うのとき》までに、切口三寸、長さ五尺の山の芋を、老若各《おのおの》、一筋づつ、持つて参る様にとある。忘れまいぞ、卯時までにぢや。」
 それが、二三度、繰返されたかと思ふと、やがて、人のけはひが止んで、あたりは忽《たちま》ち元のやうに、静な冬の夜になつた。その静な中に、切燈台の油が鳴る。赤い真綿のやうな火が、ゆらゆらする。五位は欠伸《あくび》を一つ、噛みつぶして、又、とりとめのない、思量に耽《ふけ》り出した。――山の芋と云ふからには、勿論芋粥にする気で、持つて来させるのに相違ない。さう思ふと、一時、外に注意を集中したおかげで忘れてゐた、さつきの不安が、何時の間にか、心に帰つて来る。殊に、前よりも、一層強くなつたのは、あまり早く芋粥にありつきたくないと云ふ心もちで、それが意地悪く、思量の中心を離れない。どうもかう容易に「芋粥に飽かむ」事が、事実となつて現れては、折角今まで、何
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