て、湖の岸、松の間を、一行の方へ急いで来る。やがてこれが、間近くなつたと思ふと、馬に乗つてゐた連中は、慌ただしく鞍を下り、徒歩の連中は、路傍に蹲踞《そんきよ》して、いづれも恭々しく、利仁の来るのを、待ちうけた。
「やはり、あの狐が、使者を勤めたと見えますのう。」
「生得《しやうとく》、変化《へんげ》ある獣ぢやて、あの位の用を勤めるのは、何でもござらぬ。」
 五位と利仁とが、こんな話をしてゐる中に、一行は、郎等《らうどう》たちの待つてゐる所へ来た。「大儀ぢや。」と、利仁が声をかける。蹲踞してゐた連中が、忙しく立つて、二人の馬の口を取る。急に、すべてが陽気になつた。
「夜前、稀有《けう》な事が、ございましてな。」
 二人が、馬から下りて、敷皮の上へ、腰を下すか下さない中に、檜皮色《ひはだいろ》の水干を着た、白髪の郎等が、利仁の前へ来て、かう云つた。「何ぢや。」利仁は、郎等たちの持つて来た篠枝《ささえ》や破籠《わりご》を、五位にも勧めながら、鷹揚《おうやう》に問ひかけた。
「さればでございまする。夜前、戌時《いぬのとき》ばかりに、奥方が俄《にはか》に、人心地《ひとごこち》をお失ひなされまして
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