斜面へ、勢よく、すぢかひに駈け上つた。駈け上りながら、ふりかへつて見ると、自分を手捕りにした侍の一行は、まだ遠い傾斜の上に馬を並べて立つてゐる。それが皆、指を揃へた程に、小さく見えた。殊に入日を浴びた、月毛と蘆毛とが、霜を含んだ空気の中に、描いたよりもくつきりと、浮き上つてゐる。
狐は、頭をめぐらすと、又枯薄の中を、風のやうに走り出した。
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一行は、予定通り翌日の巳時《みのとき》ばかりに、高島の辺へ来た。此処は琵琶湖に臨んだ、ささやかな部落で、昨日に似ず、どんよりと曇つた空の下に、幾戸の藁屋《わらや》が、疎《まばら》にちらばつてゐるばかり、岸に生えた松の樹の間には、灰色の漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]《さざなみ》をよせる湖の水面が、磨くのを忘れた鏡のやうに、さむざむと開けてゐる。――此処まで来ると利仁が、五位を顧みて云つた。
「あれを御覧《ごらう》じろ。男どもが、迎ひに参つたげでござる。」
見ると、成程、二疋の鞍置馬を牽いた、二三十人の男たちが、馬に跨がつたのもあり徒歩《かち》のもあり、皆水干の袖を寒風に翻へし
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