呟《つぶや》いた。もし「芋粥に飽かむ」事が、彼の勇気を鼓舞しなかつたとしたら、彼は恐らく、そこから別れて、京都へ独り帰つて来た事であらう。
「利仁が一人居るのは、千人ともお思ひなされ。路次の心配は、御無用ぢや。」
五位の狼狽するのを見ると、利仁は、少し眉を顰《しか》めながら、嘲笑《あざわら》つた。さうして調度掛を呼寄せて、持たせて来た壺胡※[#「竹かんむり/(「碌」の「石」に代えて「金」)」、第3水準1−89−79]《つぼやなぐひ》を背に負ふと、やはり、その手から、黒漆《こくしつ》の真弓《まゆみ》をうけ取つて、それを鞍上に横へながら、先に立つて、馬を進めた。かうなる以上、意気地のない五位は、利仁の意志に盲従するより外に仕方がない。それで、彼は心細さうに、荒涼とした周囲の原野を眺めながら、うろ覚えの観音経《くわんおんぎやう》を口の中に念じ念じ、例の赤鼻を鞍の前輪にすりつけるやうにして、覚束ない馬の歩みを、不相変《あひかはらず》とぼとぼと進めて行つた。
馬蹄の反響する野は、茫々たる黄茅《くわうばう》に蔽《おほ》はれて、その所々にある行潦《みづたまり》も、つめたく、青空を映したまま、この
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