、身のまはり万端のみすぼらしい事|夥《おびただ》しい。尤も、馬は二人とも、前のは月毛《つきげ》、後のは蘆毛《あしげ》の三歳駒で、道をゆく物売りや侍も、振向いて見る程の駿足である。その後から又二人、馬の歩みに遅れまいとして随《つ》いて行くのは、調度掛と舎人《とねり》とに相違ない。――これが、利仁と五位との一行である事は、わざわざ、ここに断るまでもない話であらう。
 冬とは云ひながら、物静に晴れた日で、白けた河原の石の間、潺湲《せんくわん》たる水の辺《ほとり》に立枯れてゐる蓬《よもぎ》の葉を、ゆする程の風もない。川に臨んだ背の低い柳は、葉のない枝に飴《あめ》の如く滑かな日の光りをうけて、梢《こずゑ》にゐる鶺鴒《せきれい》の尾を動かすのさへ、鮮かに、それと、影を街道に落してゐる。東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨《びろうど》のやうな肩を、丸々と出してゐるのは、大方、比叡《ひえい》の山であらう。二人はその中に鞍《くら》の螺鈿《らでん》を、まばゆく日にきらめかせながら鞭をも加へず悠々と、粟田口を指して行くのである。
「どこでござるかな、手前をつれて行つて、やらうと仰せられるのは。」五位が馴れな
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