お望みなら、利仁がお飽かせ申さう。」
始終、いぢめられてゐる犬は、たまに肉を貰つても容易によりつかない。五位は、例の笑ふのか、泣くのか、わからないやうな笑顔をして、利仁の顔と、空《から》の椀とを等分に見比べてゐた。
「おいやかな。」
「……」
「どうぢや。」
「……」
五位は、その中に、衆人の視線が、自分の上に、集まつてゐるのを感じ出した。答へ方一つで、又、一同の嘲弄を、受けなければならない。或は、どう答へても、結局、莫迦《ばか》にされさうな気さへする。彼は躊躇《ちうちよ》した。もし、その時に、相手が、少し面倒臭そうな声で、「おいやなら、たつてとは申すまい」と云はなかつたなら、五位は、何時《いつ》までも、椀と利仁とを、見比べてゐた事であらう。
彼は、それを聞くと、慌《あわただ》しく答へた。
「いや……忝《かたじけな》うござる。」
この問答を聞いてゐた者は、皆、一時に、失笑した。
「いや……忝うござる。」――かう云つて、五位の答を、真似る者さへある。所謂、橙黄橘紅《とうくわうきつこう》を盛つた窪坏《くぼつき》や高坏の上に多くの揉《もみ》烏帽子や立《たて》烏帽子が、笑声と共に一しき
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