。が、何時も人数が多いので、自分が飲めるのは、いくらもない。それが今年は、特に、少かつた。さうして気のせゐか、何時もより、余程味が好い。そこで、彼は飲んでしまつた後の椀をしげしげと眺めながら、うすい口髭についてゐる滴《しづく》を、掌で拭いて誰に云ふともなく、「何時になつたら、これに飽ける事かのう」と、かう云つた。
「大夫殿は、芋粥に飽かれた事がないさうな。」
五位の語《ことば》が完《をは》らない中に、誰かが、嘲笑《あざわら》つた。錆《さび》のある、鷹揚《おうやう》な、武人らしい声である。五位は、猫背の首を挙げて、臆病らしく、その人の方を見た。声の主は、その頃同じ基経の恪勤《かくごん》になつてゐた、民部卿時長の子藤原|利仁《としひと》である。肩幅の広い、身長《みのたけ》の群を抜いた逞《たくま》しい大男で、これは、※[#「火+(世/木)」、第3水準1−87−56]栗《ゆでぐり》を噛みながら、黒酒《くろき》の杯《さかづき》を重ねてゐた。もう大分酔がまはつてゐるらしい。
「お気の毒な事ぢやの。」利仁は、五位が顔を挙げたのを見ると、軽蔑と憐憫《れんびん》とを一つにしたやうな声で、語を継いだ。「
前へ
次へ
全34ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング