は、柔道の選手で、賄征伐《まかないせいばつ》の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中《かんちゅう》一重物《ひとえもの》で通した男で、――一言《いちごん》にいえば豪傑《ごうけつ》だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋《やなぎばし》の小《こ》えんという、――」
「君はこの頃|河岸《かし》を変えたのかい?」
突然|横槍《よこやり》を入れたのは、飯沼《いいぬま》という銀行の支店長だった。
「河岸を変えた? なぜ?」
「君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者に遇《あ》ったというのは?」
「早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――」
藤井は昂然《こうぜん》と眉を挙げた。
「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真《ま》っ昼間《ぴるま》六区《ろっく》へ出かけたんだ。――」
「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」
今度はわたしが先くぐりをした。
「活動写真ならばまだ好《い》いが、メリ
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